


さて、このような状況になってしまったのですが、ごらんのような企画が昨年よりすでに決まっておりました。こんな状況のときこそ、生きるということと死ぬということの問題を生きている人間がもう一度考えざるを得ないのではないでしょうか。平時に死ぬということを考えることと、天変地異というどうにもならない事でそこらじゅうの人間が吃驚仰天して生死を考えることは、明らかに大きな違いがあります。われわれはこの不条理は平時にも小規模ながら起こっていることを知っていますし、それをも含めた問題として抱えながら生きていかざるを得ません。それは、各個人個人にゆだねられた生存のあり方に繋がると思えます。合掌